
はじめに
嚥下(えんげ)とは、食べ物を口から胃まで送り込む「飲み込む」動作のことです。高齢者は加齢に伴い嚥下機能が低下しやすく、適切な食形態を選ばないと誤嚥(食べ物が気管に入ること)・窒息のリスクが高まります。
誤嚥は肺炎(誤嚥性肺炎)の原因になります。誤嚥性肺炎は高齢者の死因の中でも多くを占めており、食事中の事故を防ぐことは利用者の命を守ることに直結します。
介護施設では複数の利用者がそれぞれ異なる嚥下能力を持っており、一人ひとりに適した食形態での食事提供が求められます。この記事では、食形態の種類・基準と、施設での対応における基本と注意点を解説します。

嚥下のメカニズムと高齢者での低下要因
嚥下は「先行期(食べ物を認識する)→準備期(噛んでまとめる)→口腔期(舌で送る)→咽頭期(飲み込む)→食道期(胃へ送る)」という5つの段階で構成されています。高齢者ではこのどの段階でも機能低下が起きやすく、複数の段階が同時に低下していることも珍しくありません。
嚥下機能が低下しやすい主な原因
- 加齢による筋力・神経機能の低下
- 脳卒中(脳梗塞・脳出血)の後遺症
- パーキンソン病・筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患
- 認知症による食事動作の認識困難
- 頭頸部がんの手術後
- 薬の副作用(口腔乾燥・筋弛緩作用など)
食形態の種類と学会分類
日本摂食嚥下リハビリテーション学会が策定した「嚥下調整食学会分類2021」は、食形態を統一的な基準で分類しています。施設間・医療機関間での情報共有を円滑にするために策定された基準です。
| コード | 名称 | 特徴 | 主な対象 |
|---|---|---|---|
| 0j | 嚥下訓練食品0j | 均質なゼリー状 | 嚥下訓練目的、重度嚥下障害 |
| 0t | 嚥下訓練食品0t | とろみ状の液体 | 嚥下訓練目的 |
| 1j | 嚥下調整食1j | 均質なゼリー・プリン状 | 重度の嚥下障害 |
| 2-1 | 嚥下調整食2-1 | ピューレ状・ペースト状 | 中等度の嚥下障害 |
| 2-2 | 嚥下調整食2-2 | やわらかくまとまりやすい | 中等度の嚥下障害 |
| 3 | 嚥下調整食3 | 舌でつぶせる硬さ(ソフト食) | 軽〜中等度の嚥下障害 |
| 4 | 嚥下調整食4 | 箸・スプーンで切れる軟食 | 軽度の嚥下障害 |
| 普通食 | — | 通常の食事 | 嚥下障害なし |
この学会分類に基づいて、利用者ごとに適切なコードの食事を提供することが推奨されています。退院時のサマリーや多職種カンファレンスでも、このコードで情報共有できるようになっています。
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「きざみ食」に関する重要な誤解
介護施設で非常によく見られる問題が「きざみ食は嚥下困難者に安全」という誤解です。
【重要】これは事実と異なります。
食材を細かく刻むと、口の中でバラバラになりやすくなります。バラバラになった食材はひとつのまとまりとして飲み込むことが難しく、小さな破片が気管に入りやすくなります。「細かければ安全」という直感的な判断が、かえってリスクを高めることがあります。
きざみ食が危険になりやすいケース
- 口腔内の感覚が低下している利用者(食材の位置を感知しにくい)
- 舌の動きが低下している利用者(食材をひとまとめにできない)
- 咳反射が低下している利用者(誤嚥しても咳き込めない)
嚥下機能の低下が中等度以上の利用者には、きざみ食よりもペースト食・ゼリー食の方が安全なことが多くあります。食形態の選定は必ず言語聴覚士・医師の判断を仰ぎましょう。
とろみ付けの正しい理解
嚥下機能が低下した利用者への液体(水・お茶・汁物)にはとろみを付けることが一般的ですが、「とろみを付ければ安全」という単純な話ではありません。
とろみ濃度の3段階(学会分類2021)
- 薄いとろみ:「drink」するような感覚。スプーンを傾けると流れる
- 中間のとろみ:明らかなとろみがある。スプーンを傾けてもすぐに流れない
- 濃いとろみ:まとまりがある。スプーンでほぼ形が保てる
【注意】濃いとろみは「安全」ではなく、口の中で動かしにくくなるため、嚥下機能の種類・程度によっては逆に飲み込みにくくなる場合があります。適切な濃度は利用者ごとに異なるため、言語聴覚士の指導のもとで設定・管理することが重要です。
また、とろみ剤を使う際は「製品ごとの適切な量・混ぜ方」を守ることも大切です。同じ「とろみ剤1杯」でも製品によって仕上がりのとろみが異なります。
食形態変更のサインを見逃さない
食形態の見直しが必要なサインを介護スタッフが日常の食事場面で早期発見することが、事故予防につながります。
食形態変更を検討すべきサイン
- 食事中の咳き込みが増えた
- 食事後に痰がからむ・声がかすれる(湿性嗄声)
- 食事時間が以前より長くなった
- 特定の食材(水分の多いものなど)を残すようになった
- 発熱が繰り返される(誤嚥性肺炎の疑い)
- 体重が減少してきた
これらのサインに気づいたら、速やかに栄養士・看護師・言語聴覚士に報告します。「少し咳き込むようになった」という小さな変化を見逃さないことが重要です。
外部食材を活用した食形態対応
施設内で複数の食形態を同時に調理・提供することは、調理担当者への負担が非常に大きくなります。「普通食・きざみ食・ソフト食・ミキサー食・ゼリー食」を同時に準備することは、少人数のスタッフでは実質的に不可能に近い場合もあります。
完全調理済みチルド食材の中には、食形態別に対応したラインナップを持つサービスもあります。外部食材を活用することで、以下のメリットがあります。
- 調理担当者がすべての食形態を一から作る負担を軽減できる
- 工場で品質管理された状態の食形態が安定的に届く
- 施設側は温め・盛り付けのみで対応できる
外部食材を使用する際は、届いた商品の食形態表示を確認し、利用者の状態に合っているかを必ず確認してから提供してください。
食形態選定における多職種連携
食形態の選定・変更は、多職種が連携して行うことが重要です。一つの職種だけで判断するのではなく、それぞれの専門性を活かした連携が必要です。
| 職種 | 役割 |
|---|---|
| 言語聴覚士 | 嚥下機能の評価・食形態の推奨・とろみ濃度の設定 |
| 管理栄養士 | 食形態に合わせた栄養設計・献立調整・摂取量の把握 |
| 介護スタッフ | 日常の食事場面での観察・変化の早期発見・報告 |
| 医師・看護師 | 疾患状態・薬の影響・誤嚥性肺炎のリスク管理 |
| 歯科衛生士 | 口腔機能の評価・口腔ケアの指導 |
食形態の変更が必要なサインを介護スタッフが早期に発見し、専門職に報告できる連携体制を整えることが、事故予防の基盤になります。
まとめ
嚥下困難な利用者への食事提供では、学会分類2021を基準とした食形態の選定が不可欠です。「きざみ食は安全」「とろみを付ければ大丈夫」という誤解を排除し、専門職の評価・判断に基づいた食形態管理を行うことが重要です。
日常の食事場面でのサインを見逃さず、多職種で情報共有できる連携体制を整えることが、利用者の安全と食事の質の両立につながります。
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