
はじめに
介護施設での食事中の誤嚥・窒息事故は、生命に関わる重大なリスクです。高齢者は嚥下機能・咳反射が低下しているため、食べ物や液体が気管に入りやすく、誤嚥性肺炎・窒息のリスクが若い世代と比べて大幅に高まります。
誤嚥性肺炎は高齢者の肺炎の中で最も多いタイプの一つとされており、繰り返すことで全身状態の悪化・入院・死亡につながるリスクがあります。また、窒息は数分で意識消失・死亡に至ることもある緊急事態です。
「施設で起きてはいけない事故」として、食事中の誤嚥・窒息は最も重要なリスク管理テーマの一つです。この記事では、施設として実施すべき予防策を食材の選定・食事環境・介助方法・緊急対応の4つの観点から解説します。

誤嚥と窒息の違いを理解する
誤嚥(ごえん):食べ物・液体・唾液が誤って気管に入ること。少量であれば咳き込んで排出できることが多いですが、繰り返すと誤嚥性肺炎を引き起こします。特に「むせずに気管に入る(不顕性誤嚥)」は発見が難しく、深夜の就寝中に唾液が誤嚥されるケースもあります。
窒息(ちっそく):食べ物が気道を完全に塞いでしまうこと。空気が通れなくなるため、速やかに対処しないと数分で意識を失います。高齢者は窒息が起きても咳き込む力が弱く、周囲が気づきにくい場合があります。
誤嚥・窒息が起きやすい食材
施設で提供する食材の中には、誤嚥・窒息のリスクが特に高いものがあります。献立作成・食材選定の段階でリスクを下げることが重要です。
窒息リスクが高い食材
| 食材 | リスクの理由 |
|---|---|
| 餅・団子・白玉 | 粘着性が高く気道に張り付きやすい。高齢者の窒息死因の代表格 |
| こんにゃく・蒟蒻ゼリー | 弾力があり嚙み切りにくく、そのまま飲み込もうとして詰まりやすい |
| 硬い肉(ステーキ等) | 十分に噛めずに大きいまま飲み込んでしまうリスク |
| 魚の骨・鶏の軟骨 | 気道・食道に刺さるリスク |
| ナッツ類・豆類 | 小さく飛び散りやすく、まとめて飲み込めない |
| パン(特にやわらかいもの) | 口腔内で粘り気が出てまとまりにくく、窒息事故が起きやすい |
誤嚥リスクが高い飲み物・食材
- 薄い液体(水・お茶):さらさらしているため、嚥下機能が低下した利用者は誤嚥しやすい
- 汁が多い料理:具と汁が分離して誤嚥しやすい
- 細かいきざみ食:口腔内でばらけて気管に入りやすい
- のり・わかめ:口腔内に張り付き、うまく飲み込めないことがある
食事提供前の準備(予防の第一歩)
事故は「食事が始まってから」ではなく、食事が始まる前の準備から予防できます。
① 食形態・とろみの確認
当日の担当スタッフが必ず各利用者の食形態・とろみの有無を確認します。前日からシフトが変わっている場合も、引き継ぎで確認してください。「前と同じだろう」という思い込みによる確認漏れが事故の原因になることがあります。
② 体調確認
食事前に利用者の体調を確認します。
- 覚醒状態(眠そう・うとうとしていないか)
- 発熱・咳・痰の有無
- 口腔内の状態(乾燥・傷・炎症)
眠気が強い状態での食事提供は誤嚥リスクが高まります。状態が悪い場合は食事を遅らせるか、医療スタッフに相談します。
③ 口腔ケア
食事前の口腔ケアで口腔内を清潔・湿潤にします。口腔内が清潔であれば、少量の誤嚥があっても口腔内細菌が少なく、誤嚥性肺炎のリスクを下げられます。
安全な食事姿勢の確保
食事中の姿勢は誤嚥リスクに直接影響します。
椅子・テーブルでの食事
- 背筋を起こした状態で座る(背もたれに深く座り体幹を安定させる)
- 顎をやや前に引いた姿勢(顎を上げると気管が開き誤嚥しやすくなる)
- 足の裏をしっかり床につける(体幹の安定につながる)
- テーブルの高さは肘が自然に乗せられる高さに調整する
ベッドでの食事(やむを得ない場合)
- ヘッドアップ(頭部挙上)角度は原則30〜60度以上
- 枕で頭部を前傾させ、顎を引いた姿勢にする
- 食後も30分程度は上体を起こした状態を維持する(食後すぐに仰向けにしない)
車椅子での食事
- フットレストに足をしっかりつける(体幹が安定する)
- 背中にクッションを入れて姿勢を調整する
- テーブルとの距離・高さを適切に設定する
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食事介助の基本的なポイント
一口量と速度のコントロール
- 一口量は小さめ(ティースプーン1〜2杯程度)を基本とする
- 前の一口をしっかり飲み込んだことを確認してから次を入れる
- 利用者のペースに合わせ、急かさない
- 食事の途中で水分(とろみ付き)を挟み、口腔内をリセットする
スプーンの使い方
- スプーンは水平〜やや下方向から口に入れる(上から押し込まない)
- 舌の前1/3程度に置き、スプーンを水平に引き抜く
- 下唇にスプーンをのせ、上唇で取り込んでもらうようにする
むせへの対応
食事中にむせた場合は以下の対応を取ります。
- 食事を一時停止し、咳き込めるよう前傾姿勢を取ってもらう
- 背中を叩いて排出を促す(ただし強く叩きすぎない)
- 咳が落ち着くまで次の食事を入れない
- 繰り返しむせる・顔色が変わる・呼吸が苦しそうな場合は看護師を呼ぶ
窒息発生時の緊急対応
窒息は発見・対応が遅れるほど重篤化します。スタッフ全員が対応方法を習得しておくことが必須です。
窒息のサイン
- 突然咳き込めなくなる
- 喉を手で押さえる(チョーキングサイン)
- 声が出なくなる・息ができない様子
- 顔色が青紫色(チアノーゼ)になる
背部叩打法
意識がある場合:前傾姿勢にして、肩甲骨の間を手のひらの付け根で5回強く叩く。
腹部突き上げ法(ハイムリッヒ法)
背部叩打法で取れない場合:背後から両腕を回し、みぞおちの下に拳を当てて上方に強く押し上げる。
※内臓損傷リスクがあるため、実施後は必ず医師の診察を受ける。
AED・119番
意識を失った場合はすぐに119番・AEDを手配し、心肺蘇生法を開始します。
定期的な訓練・研修の実施
誤嚥・窒息への対応は「知っている」と「できる」は別物です。定期的な実技訓練・研修で対応スキルを維持することが重要です。
- 年1〜2回の窒息対応訓練(背部叩打法・ハイムリッヒ法の実技)
- 新人スタッフへの入職時研修
- 食形態・とろみ管理の定期的な勉強会
- ヒヤリハット事例の共有と改善策の検討
まとめ
誤嚥・窒息事故の予防は、リスクの高い食材の把握・食事前の準備・適切な姿勢の確保・安全な介助方法・緊急対応スキルの習得という複数の対策を組み合わせることで実現できます。
「食事が始まってから対応する」ではなく、食材の選定段階から食事後の姿勢維持まで、一連の流れ全体でリスク管理を行うことが重要です。定期的な研修でスタッフ全員の対応力を維持し、施設全体で安全な食事提供を実現しましょう。
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